奈良 雨の吉野 --2010年4月--
冷たい雨が降っている。
もう10数年前になる。人生であまり不思議な体験はないのだが、この日のことはいまだに一体なんだったのかわからない。
恋愛の終焉が人生すべての喪失だと思っていた学生の頃。気分がふさがないようにお気に入りの服を着て、買ったばかりの薄紫色の傘を持っていた。俯瞰で見ていたかのようにこの日の情景は今でも頭に浮かぶ。
井の頭線を降り、吉祥寺の駅の構内を抜ける通学路ですれ違った地味な中年の女性がハッとした顔でこちらを見ているのに気付いた。
----知り合いにでも似てるのかな?
そう思ってそのまま歩いていくと、わざわざ彼女は戻ってきて、すみません、と声をかけてきた。
「大変失礼なんですが、あなたもしかして今ちょっといろんなことが変わってきていませんか?」
----(勧誘?危ない危ない) いえ、全然、フツーですけど (嘘だけど)
「そうですか・・・。それならいいんですけど、多分あなたこれから人生が大きく変わるだろうから、気をつけるのよ」
そう言い残して、彼女は人ごみに消えていった。きつねにつままれたような気持ちで、一体なんなんだよっと言いたくなる気持ちの一方で、不思議となんとなくそんなこともあるんじゃないか、という気もしていた。
彼女の予言は本当にあたった。
たしかに、すでに大きな波風が立っていたが、その日の夜から、いい意味でも悪い意味でも、自分の周りにとても大きな変化が起こり、多くを失って、全く新しいことも始まった。
二度と彼女に会うことはなかったが、彼女のおかげで当時何がおこっても「今自分は変革期にいるのだから」と、事態を諦観することができた。
一体彼女は誰で、彼女には何が見えていたのだろう。
忘れられない、11月のとある雨の日の午後の出来事。